卵の殻を破らねば、

「鳥は卵の中からぬけ出ようと戦う。卵は世界だ。生まれようと欲するものは、一つの世界を破壊しなくてはならない。鳥は神に向かって飛ぶ。神の名はアプラクサスという」

ヘルマン・ヘッセデミアン新潮文庫

 

無期迷途というアプリゲームにハマっている。熱を上げているゾーヤというキャラクターは、絶望の中で何度も立ちあがってきた人だ。彼女には暴力の才能がある。人を惹きつけるカリスマ性がある。彼女は冷静に状況を判断することができて、なにより、ずっと未来のためにたたかっている。

 

「起き上がれと彼女に言われた。『この世は理不尽なことばかりだ。だが声を上げることをやめず、頭を下げない限り、その人には戦う資格がある』って。」

無期迷途メインストーリー「主なき洞窟」4-8『軍団長』

 

わたしはさ、なんかもう……嬉しかったんだよな。この言葉をゾーヤが言ったと聞いたとき、ああ、知ってるな、とすら思った。わたしはこの人のことを本当に愛している。わたしが大切にしようと思っていることを、この人も大切にしてくれるんだと思って嬉しくなった。

どう言葉にしたらいいのかわからないけれど、彼女の参謀であるケルシ―が言ったように、彼女は灯台みたいなものなのかもしれない。

 

「普通の人の戦いには、常に弱さや悔しさ、ためらいがつきまといます。どんなに素晴らしいビジョンを持っていても、どんなにそれを貫こうとしても、失敗を恐れ、失うことを恐れる人々は、何度も戦場から逃げ出してしまいます。/常に強い意志を持ち、何も恐れない人などあなたしかいません。誰もがあなたのように強いわけではないのですよ。/あなたがいたから、私たちは何度も何度も立ちあがることができました。あなたに会ってから、私はシンジケートでの戦いに意味があると信じることができたのです。」

無期迷途メインストーリー「チラン広場」RE6-11 道のり

 

わたしはゾーヤのようになりたいと思っているし、彼女のことを信じている。わたしもゾーヤに恥じない自分でいたいと思っているし、わたしが声を上げることをやめず、頭を下げず、戦う意思を手放さないことを彼女に信じてほしいと思っている。

 

 

「こと社会運動において、あなたが団体への参画を躊躇うのは、SPEAK UP(過去にわたしが作り、その後抜けた学生団体)での経験が尾を引いているような感じがするよね」、と友達に言われて、そうかもしれないなと思った。わたしはあの学生団体で、人を同じ向きに同じ熱量でそろえておくことの難しさを知った。わたしは確かに創設メンバーの一人ではあったけど、リーダーと言うわけではなかったし、明確な役職も決まっていなかったのに、いつのまにかわたしが仕事を割り振ることになっていた。わたしが発言すればそれで意見は通ってしまったし、わたしのコメントの後には追従するコメントしか書き込まれなくなっていったし、というかわたしが発言しない限りそもそも提案は起こらなかった。なんなら賛否すら二回聞かないと大抵返事は来なかった。なんのためにここにいるんですか? わたしは何人かに個別に働きかけて、わたしの意見が通り過ぎてしまう現状を問題視していること、できればあなたにもリーダーシップをとってもらいたいと思っていることを話した。その人たちは「なるほど、じゃあわたしから話してみますね」と言ってはくれた。でも、(穴だらけの)企画の提案だけをグループLINEに送って、その後のアフターフォローはなかったから、企画は流れていった。

結局のところ熱量が違っているわけで、これはもうどうしようもないな……と思ったから辞めた。お互いのためにならない。辞めた後、数か月経ってからメンバーの一人と話をしたときに、「あなたが抜けた後、数人と話をして、とりあえずスタンプを送りあえるような感じになりたいよね、ってなったんだよね。だから今はスタンプとか送ってる~」って言われて、ハァ……と思った。いや、わたしが感情的なケアを不得手にしていることも要因だったのだろうというのは、わかるよ。わかるけど、なんでこの期に及んで「あなたが怖かった」みたいなこと言われてるんだろう。わたし、あなたにも相談したよね? その時は何にもしようと思わなかったのに、今はスタンプで何とかしようと思ってるんだ?笑。スタンプってすご~い。もっと早く送れば?

 

話が逸れたな。だからさ(何が?)、わたしは全然ゾーヤ様には似てないの。ゾーヤ様ならもっとうまくできるよ。でも多分、わたしがずっと前に進もうとしていたことを、ゾーヤ様は評価してくれる。そういうことを考えながら、彼女のことを愛している。(もう被っていた猫が剥がれてわたしがゾーヤのことをゾーヤ様と呼んでいるのが皆さんにバレてしまいましたが、まあいいでしょう。)

わたしは今、あんまり積極的には社会運動に参加していない。だから彼女の言うことを、彼女の姿勢を痛いほどわかると思うのは、実際には過去の自分を振り返っているだけなのかもしれない、と思う。でも、世界にそうした形で働きかけていないからと言って、まったくなにもしていないということにはならないじゃないか、とも思う。

 

「ぼくたち、すなわちきみとぼく、それから数人のほかの人たちが世界を更新するかどうかは、やがてわかるだろう。しかし、ぼくたちの内部では世界を毎日更新しなければならない。」

ヘルマン・ヘッセデミアン新潮文庫

 

「敵対しあいながら人間はイメージや幽霊をつくり出せばいい。イメージや幽霊を使って、人間はお互いに最高の戦いを戦えばいいのだ。善悪、貧富、高低、その他のあらゆる価値の名前。これらを武器にするのだ。戦いの目印にするのだ。生はくり返し自分を克服するしかないのだ!」

フリードリヒ・ニーチェツァラトゥストラ<上>』光文社古典新訳文庫

 

人間はどうせ変わるのだから、変わるんなら少しでもわたしが「良い」と思える方向に変わっていきたい。最期に後悔なんて絶対にしてやるものか、と思うから、いつだってわたしがその場で選びうる最善だと思える選択肢を選びたい。勉強を続けるのも、こうして時折何かを書いたり、だれかに意見を聞いたり、だれかに考えていることを話したりすることも、わたしが選んでわたしがやっている、世界へ働き掛けるための方法の一つだ。高島鈴は『布団の中から蜂起せよ』の中で生存は抵抗だ、と言った。わたしもそう思う。わたしたちが生きていることそれ自体が権力への抵抗になるように、中指を立てることは今だって絶対にやめてない。

 

「銃声、聞こえちゃった?」私が尋ねた。

「そりゃね」トーマスが半ば目をつむり、両手をうつろに上げ、天を仰いだまま小刻みにうなずいた。「あのね、俺、二人の話聞いてないよ。いや、聞いてたけどほら、俺、日本語わかんないから。え、でも、だめ? 死体、見ちゃったから? 俺も殺す?」

「うん、それがいいかも」私は拳銃を構えなおした。

「え、まじで? ていうか、なんで? さっきまですっごく仲良さそうにしてたのに、なんでいきなり殺してんの? 女って怖ぇ」トーマスは細く目を開いてちらちらと私と遺体のトーマスをせわしなく見比べた。

あっちょっと、今のは聞き捨てならない、女って怖ぇ? なんでそう一般化しちゃうわけ? 女が怖いんじゃないの、私が怖いの、私という個人が怖いんだよ、ほら言い直せ」

藤野可織ピエタとトランジ』講談社文庫

 

あなたっぽいよね、とこの一節(他のページももらったけど)が送られてきたときは笑ったけど、『ピエタとトランジ』を読んだ後だと、この物語を読んで友達がわたしのことを思い出してくれるというのはかなり最上級の誉め言葉だなと思う。

読んでいない人のために説明しておくと、『ピエタとトランジ』は、女と女が死ぬまで突っ走っていく物語だ。身の回りで殺人事件が起こる特異体質の天才探偵・トランジと、彼女の親友で高校の同級生のピエタ。トランジの周りでは常に殺人事件が起き続けるが、ピエタだけは死なない。彼女たちは何度も共にいることを選び、死の匂いが充満する世界の中を生きていく。「死ねよ」「お前が死ねよ」と言いあいながら。ピエタもトランジもイカしたいい女だ。彼女たちが出会った高校生のころから、80代の老婆になるまでずっと。

わたしはトランジになろうとおもうし、ピエタになろうと思う。もちろんそれは身の回りで殺人事件が頻発する体質の天才探偵になりますという宣言ではない。彼女を愛する同級生になろうという宣言でもない。ピエタとトランジはクィアなババアだった。あんな風にイカしてなくたって、クィアなクソババアにはなれる。腰が曲がったって足が弱ったって権力に中指は立てられるし、唾をかけることだってできるはずだ。わたしたちの内部で世界を壊して更新することに今よりずっと時間がかかるようになったって、諦めないことだけはできる。わたしはゾーヤ様のことを、そうやって愛している。