ガニメデ


少女革命ウテナ』で、主人公の天上ウテナが「君はまるでみずがめ座の少年、ガニメデですね。無邪気で純粋。だがその無邪気さが人を傷つける。気を付けないとね」と言われるシーンがあります。どの場面で言われたことだったのか……詳しいことは全然思い出せないのだけど、その言葉を偶に思い出しては、少しだけ落ち込むことがあります。落ち込むというか、反省するというか。


先日、「ダイエットをしている!とか、ソーシャルイベントに参加した!とかって他の人が言っているのをみると、自分もやらなきゃな~、って気分になる」と言う話を友人にされたんです。わたしは、「わかんない、思ったことない」みたいなことを返して──これは語弊のある表現で、多分わたしは思わないことにしたんだと思うんですが──友人は「まあ君はそうだろうね、そういうの、あんまり気にしなさそうだし」と言っていました。
わたしは、思わないようにしようとしたんです。多分。社会の流れがどうだとか、一般的にはどうとか、あの人がこういったからこうしなきゃ、とか……そういうのを全部、自分に決めるのはやめようと、多分ゆるやかに決意して、ゆるやかに実践してきたんですよね。実際のところ、半分くらいはうまくいっていると思います。

でも、そう思わないようにして、そう思わなくなったことが、わたしの意思による功績なのか?と言われると、そうとは言い切れないだろう、と思うんです。例えば先に挙げたダイエットの例でいくと、わたしはたまたま瘦身を賛美する社会で育ったし、体質的に太りにくいという前提条件がある。顔の美醜についてもそう。わたしはどちらかといえば自分の顔は造形の整っている方に分類されると思います。まあそうじゃないって他人に言われてもうるせ〜!て言い返して縁切るだけなんですけど。それに、身体的に障がいもなく、大きな病気の既往歴もなく、怪我をした経験もあまりないので傷跡が残っているということもない。


それらが偶然わたしに備えられた前提条件として存在している上で、わたしは「ダイエットしなきゃ」「痩せていなきゃ」「美しくなきゃ」「健康でいなきゃ」のような圧力に反対する立場に立っている。
身体の話にばかりフォーカスを当ててしまいましたが、おそらくいろいろなことに関してそうで、わたしは偶々両親が大学まで支援をしてくれて、やりたいことを勉強できて、就職する場所も職種も自分で自由に選ぶことができました。でも、そんなの全部偶々なんですよね。
だからって選ばないとか、やらないとか、そういう事じゃないと思うんですけど、でも「偶々なんだ」ってことを忘れないようにはしなきゃいけないな、と思います。気を付けないとね。


でも、初めてこのセリフを聞いたときに思い出していたのは、別の話なんですよね。
以前友人と遊んだ時に、彼女とわたし、それからもう一人別の友人とで一緒にご飯を食べたんです。その二人はわたしの紹介だったか、他の人の紹介だったか……とにかく知り合ったばかりでそこまで親しくない、と当時わたしは思っていたので、たしかわたしが二人を誘う形でした。何年か後にわたしは彼女から、「実はあの頃、あの人と一瞬だけ付き合ってたことがあったから気まずかった」と言われて、そういう可能性の事ちっとも考えたことがなかったなと思ったんですよね。まあ考えないか。考えなくないか? これは。
とはいえね、考えなかったがために、多分両方に気まずい思いをさせてしまったんですよね。というか、当時わたしと彼女はお互いに「恋人がいたことがない」と言う話題で盛り上がることが多くて、わたしはそれ自体が多分楽しかったんですが、彼女はもっと切実に恋人を欲しがっていたことにはついぞ、彼女が恋人を実際に作るまで知らなかったし、気がつけなかった。多分今でもあんまりわかっていないんですよ。こうして文章に書くことができるくらいには理解できていると思うんですが、実感としてはあまり沸いていないんじゃないかと思います。

これも、まあ自分のセクシュアリティかもと言われればそうかもしれないんですが、わたしの場合は恋人って本当にオプショナルなものだし居る必要がほとんどないのでこうなるんじゃないかなと思うんですよね。でも、恋人を作って、またはその先の結婚制度に乗ってどうこうしないといけない、っていう緊迫感が薄いのはやっぱり、多分周囲の環境から影響を受けていると思うし、それも全部「偶々」そうだっただけの話だと思います。


まあ、一つめの話でいう「無邪気で純粋」「気をつけないとね」と、二つ目のなかでのそれとは若干違うと思うんですけど……同じか? 同じかな? わかんないです!
そもそもわたしは水瓶座のガニメデ (ガニュメデス) の逸話と「無邪気で純粋。だがその無邪気さが人を傷つけず」のつながりもわかってないです! 美少年だから攫われて神に酒注いでることしかしらない! 与えすぎってことですか? じゃあわたしのこの話とは全然別物なんですけど。



誤解のないように書いておくと、わたしは今こうして自分の考え方に満足していますが、これが「正解」というわけではないとわかっています。ただ、発話の位置には気をつけないとなということを、よく忘れちゃうので書いてるだけです。気をつけないとね。